令和4年(2022年)1月、弓道部125周年記念誌が上梓されました

記念誌作成 「早稲田のスクールカラー」ってどんな色?
米田文彦(S41年卒)

今年は弓道部創設から125周年、先に記念事業のための募金をお願いした所、多くの会員の方からご協力をいただきました。誠にありがとうございました。深く御礼を申し上げます。コロナ禍の世の中パーティ等は実施しないことにいたしましたが、今般記念誌を完成させました。皆さまのお手許に届きましたでしょうか?2月頃に発送いたしました。少しは目を通していただけたでしょうか?至らない所、ご不満の所もあるかと思います、写真の集まり具合に年代別片寄りがある点などやや残念なこともあるのですが、打合せもままならない中で何とか発行に漕ぎつけたものです。文章もできるだけ通読に耐えるものにしたいと意識しました。過去の記録についても、ここまで表に出していいのかと思いながらもまとめました。皆さま多くのページをめくっていただければ幸いです。
そして、表紙をめくった次頁は早稲田おなじみの色になっています。記念誌作成の委員会でこのアイデアが出て、印刷をお願いした東洋美術印刷(株)と打合せの際にはたくさんの色見本を見せられ、訪問した委員会メンバーが「この色が早稲田カラーだろう」と選んだのがこの色です。同社には毛利文隆氏(s61卒)が勤務されていますが、当件担当の女性は駒沢大弓道部卒でした。添付写真は打合せ時の光景です。左から、長谷川善彦委員長、米田、毛利氏、担当の柳沼さん。(撮影・小川六実さん)
この「早稲田のスクールカラー」というものについて、稲門会に関係のある小冊子に興味深い文章がありましたので抜粋ご紹介します。書かれたのは10年ほど前、筆者は外岡明氏(s26卒)、父君は外岡茂十郎教授という往年の野球部長で、戦中最後の野球早慶戦を昭和17年に開催、戦後は学生野球復活に尽力され野球殿堂入りされている方です。
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「早稲田のスクールカラー」ってどんな色?(抄)えび茶色
あなたは学生時代、早稲田のスクールカラーを何色と言っていましたか。「えび茶色」ですか?「えんじ色」ですか?それとも「あずき色」ですか?恐らく多くの方が「えんじ色」と答えられるのではないでしょうか。私の学生時代は「えび茶色」が通称でした。
そこで、70人ぐらいの方にアンケート調査をしてみました。問:あなたは学生時代に「早稲田のシンボルカラーを何色と言っていましたか? 結果:昭和20年代卒=えび茶色70%、えんじ色30%、昭和30年代卒=えび茶色42%、えんじ色58%、40年代卒=えび茶色17%、えんじ色83%、50年代以降平成卒=えんじ色100%でした。
昭和30年代後半がターニングポイントでしたが、それ以前のOBにも「えんじ色」との方が以外に多くいました。この理由を仲間と推測するうち、正月の箱根駅伝の影響が大きいのではないかと思えてきました。テレビ放送で「今、えんじ色のユニホームが見えてきました」とかいうアナウンサーの絶叫で刷り込まれてしまったのではないか、というのです。ところで、このスクールカラーに関して大学当局はどう対応してきたのでしょうか?
「早稲田大学100年誌」を繰ってみます。(この100年誌は全7巻、本文のみで8000頁を超す広大なもので、昭和53年(1978)に第1巻発行、最終巻発行は平成9年(1997)発行ですから全巻発行に19年を要した大著です。)「索引」から辿ったところ、スクールカラーの項目に「明治38年野球部第1回アメリカ遠征のユニホームに校名を海老茶色のローマ字で・・、早稲田と海老茶色の結びつきはここに始まった」とあり、また「昭和2年大隈記念講堂竣工式の際、新調された海老茶色の緞帳を・・“この色が校色である”と言って決まった」と記述されています。結局この2か所だけで、「えんじ色」は見あたりませんでした。いつ、どうして「えんじ色」という呼称が生まれ定着したのか解明できませんでした。
「日本の伝統色」によると、「海老茶色」:JIS一般色名・・暗い灰赤。英色名・・Indian Red
マンセル色度記号・・6R3/4.5。日本では江戸中期の書に見られる。明治中後期に女子学生の袴の色として流行した。「臙脂色」:JIS一般色名・・紫みの深い赤。英色名・・Crimson Red マンセル色度記号・・2.5R4/10。元々は顔料や染料の名称であって色彩名ではない。明治中期から色彩名として扱わせるようになった。とあります。この2色はこのように似て非なるものなのです。早稲田のシンボルカラーはどの色なのか、気になってはいても日常特に痛痒を感じるようなことではなかったのですが、ある時、冊子作成に関係した際に色を決める必要が出来、大学出版部に学校指定の色値を問い合わせたところ、「色の問題は難しいので指定する色値はない」とのことで明示はありませんでした。印刷を指示する立場になって初めて色の難しさを知りました。
その後、09年に再度大学出版部へスクールカラーについて問い合わせたところ、「創立
125周年を迎えた2007年を期してその基準色を決定した」という回答を得ました。その内容は、公式名「早稲田レッド」、基準色「DIC-2486」でした。
*DICはDIC社(旧大日本インキ)のカラーガイド。2486はその色を数値化した固有の色番号。*色見本が印刷されている紙はマット紙なので、それ以外の紙などに印刷した場合は見本色の再現は難しいことからこれを「基準色」という。
そこで、先に冊子に使用した色を変更すべきかどうかが問題になり、「基準色の許容範囲」について大学出版部に問い合わせてみたところ、「大学としての総括は総務部である」「これは大学の担当であって稲門会校友会については大学は関知せず校友会事務局が窓口である。」「校友会は独自の色を選定しているので校友会に訊いて欲しい」ということでした。
さっそく問い合わせた校友会の見解は①大学が125周年(07年・平成19年)に制定した
「早稲田レッド」は従来の「えんじ色」の感覚からは少し赤みが強く明るい色調で、校友会各位から違和感を覚えるという意見が寄せられた。②「早稲田レッド」は「大学内の基準」として決められたものであり、校友会は必ずしもこれに拘束されるものではないと考える。③校友会では2003年から使用している校友会シンボルマークに含まれている「えんじ色」に近い「DIC-305」を使用している。④呼称も「早稲田レッド」ではなく「えんじ色」とした。⑤色彩感覚は個人差の幅が広いので特定の「DIC-No」を押し付けることは難しいと考えケースバイケースで運用している。というものでした。校友会の「えんじ色」は早稲田学報に使われています。学生たちは「早稲田レッド」の環境で学び、卒業すると「えんじ色」の環境下のOBとなるのです。以上、調べてきましたがどうしても腑に落ちないことが残りました。それは①大学がシンボルとしてのスクールカラーの呼称の変遷(海老茶色からえんじ色に)に何故関心を持たなかったのか、②大学と校友会は同一歩調を取れなかったものか、③大学公式サイトにスクールカラーの記事がないのは何故なのか、などです。これらには何か理由があるのかも、と考え、総務部を訪ねて懇談してみました。
結果、スクールカラーというものに対する考えがわかりました。私はスクールカラーは大学を表すシンボルだと思っていましたが、大学側は「早稲田のスクールカラーは規定はないが、既にアバウトな色で一般に定着しており、改めて議論が必要とは考えていない」という見解です。また、「学外(含む校友会)で使用される「えんじ色」についても使用者の判断に任せており色値を指定することはない。これは早稲田大学本来の「在野精神」に由来しておりこのアバウトさが早稲田らしくて良いのではないか」というものでした。
冒頭記載したように「えび茶色」から「えんじ色」への変遷は現在は「えんじ色」に帰一しています。今後は「早稲田レッド」と「えんじ色」に二分化されていくのでしょうか。
(参考)大学のスクールカラーをネットで検索してみました。大学数273校のうち「臙脂色」を校色としているのが29校ありました。そのうち2校が「臙脂(えび茶色)」となっていました。それは名城大学と早稲田大学です。
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以上、略した紹介文もやや長くなりました。
さて、記念誌に掲載した色はどういう色か?です。これと決めた経緯は前述のとおり、打合せの場で色見本をたくさん出され、当方3名が「これが早稲田のカラー」と感じた色です。後日担当の柳沼さんに問い合わせたところ、「タントという紙のD-52という色」だそうです。厳密にはえんじ色ではなかったようですが、これも早稲田のアバウトらしさ、としてお許しください。このような内幕を色々と含みながら記念誌は作成されました。PCを駆使しつつ写真配置などすべての編集を仕切った長谷川善彦委員長、小川六実さん、佐藤輝行さん(s59卒)、本当にありがとうございました。        以上